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■ 50)唐戸魚市場≪握り鮨のシャリ≫と≪盆栽の<シャリ>&<ジン>の事≫【(シャリ):(ジン)とは?】2010.5.4

(画はクリックで拡大表示)
或る祭日の唐戸市場。(魚屋さんが作って売る握り鮨)観光客が身動き取れない程、 群がっています。
鮨飯の「シャリ」は、市内の或る米屋さんが一括して作り、一手に引き受けてここに届けています。その「シャリ」に普段は魚を売っている市場の魚屋さんが、お手のものであるいろいろなネタをのせて売っています。本業そっちのけで・・・!?これに誰もが食欲をそそられ、大変人気が有ります。 
魚市場特有の喧騒;雰囲気に加え、屋台感覚が好まれ、新鮮な物を選べる事に、興奮するのでしようか? 
観光客が自分で選んでパックに入れ、お天気の日は市場の直ぐ傍、海峡が見える海岸で食べています。これも魅力なのでしよう!
(対岸は門司レトロ街)対岸門司まで、(渡し船で5分)
但し、握り鮨は『祭日と金・土・日曜日(金曜日は店数も客も少ない)』のみ、出しています。 

・・・酢めしのことをシャリと言いますよね〜ェ!・・・
すし屋の酢飯のことを、シャリというのはよく知れれています。 

●「〓シャリ≒舎利≒仏舎利〓」が、(小粒の水晶・真珠・瑪瑙等で象徴される)●
これらの代用品で象徴される仏舎利が、
『米粒程の大きさで、見かけが白米や白飯によく似ているので、舎利と言われる。』これは古くから寺院内で言われた連想言葉。(一種の隠語?);寺院内の遊び言葉?
盆栽の真柏や杜松でも、幹や枝の木質部が朽ち果てて、白骨化したものを「シャリ」と言います。これも盆栽観賞が盛んになるにつれ、同じく寺院内の(シャリ≒仏舎利)の隠語を真似て言われだした』もののようです。
「シャリ」に加えて「ジン」もあるのだそうです。
「ジン」;「シャリ」の区別がつかないので、それで調べました。 
松柏類に多く、特に真柏や杜松では見どころのひとつとされ、この「ジン;シャリ」の芸で評価が大きく変わることもあり、一般には、特に枝の枯れて白くなったのを「ジン」:幹の枯れて白いものを「シャリ」と呼ぶようです。
「シャリ」と言う書き方は分かりますが、 もし「ジン」の事を(神?)と書くようならもしかしたら、(以下 私の想像?)
自然に出来た「仏舎利(ブッシャリに似た白い幹のシャリ)と対比しての神;(ジンシャリ?≒ジン)」と呼ばれだしたのでは? “仏‥幹”と対比しての“神‥枝” ‥ 
“仏”⇔“神”
古くから有った神仏混交の時代は、本地垂迹(ほんじすいじゃく)説により、「仏が幹…神が枝」≒「仏が元で、神が枝の関係)と言う位置関係だからです。
『ジン(神)』も、釈迦の白い尊い「舎利」と同じように、古木の白くなった枝の神秘。即ち自然に年ふり、白く枯れても生命を維持する。その神秘が神々しいから『神;ジン』それが釈迦の白い舎利と同じく尊いと言うのでしようか? 

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仏教用語で謂う舎利とは、一般に「お釈迦様のお遺骨」のことです。 
本来はお釈迦様に限らず、「舎利」とは遺体そのもを指したり、聖者の火葬した遺骨を意味する「梵語シャリーラ」の音訳。特に仏舎利と言えば、“釈迦の舎利”のことになります。  
その“舎利”は、小粒の水晶・真珠・瑪瑙等で象徴され代用されます。 
色・形状や大きさも、その代用品が白米や白飯によく似ているので、舎利と云われ出したのです。 
仏教で“舎利”を大切にするのと同じ様に、主要穀物“米”も大切な物です。
仏・聖者の遺骨の尊さ、しかもその代用品が、それによく似る白米も、同じなので“舎利”と呼ばれることになったのでしよう!か?
仏舎利と同じようにお米は尊い。そしてお米は仏様の化身である。このような考え方が、ご飯やお米を、 「しゃり」 と呼ばせるようになったのでは?
<代用の“舎利”も“米”も>形状から見てよく似ているし、同じように大切な物だと言う教えに通ずる事から、そう謂われ出したものと思います。 
それを寿司職人が模倣して、舎利(シャリ)と言いだした白飯(銀飯)のことなのです。
更に寿司職人たちが自分で食事に食べる飯のことは、イケシャリとか銀シャリと言うんだそうです。
それは、
威勢のいい新しがり屋の江戸っ子気質の寿司職人が、洒落込んでイケシャリ・銀シャリと粋がって、別の言葉を作って行ったのでしよう。 
イケシャリ・銀シャリと言う言葉は、寿司を広めてゆくのに役立つ新語?そのイケシャリの「イケ」の意味はよく分かりません。

一般によく言われるもう一つの説は、 
お米を研ぐ時に「シャリ・シャリ」と、澄んだ音がすることからきている。というのもあります。 
酢飯を専売特許のように、シャリと言うのは寿司職人が、最初に云い出し広めたのだとは思いますが、白米の事を古くから寺院内では、舎利と云っていたのです。日常食べる飯の事も、寺内では寺院内の言葉遊びで(舎利)と言ていたのでは? 
精米した白米は大きさも・見た目も・感触も小粒の水晶・真珠・瑪瑙等で代用された舎利によく似ています。 
米を研ぐシャリ・シャリ音は、かなり眉唾に思えます。  
寺内の身内だけでいう専門用語が、世間一般に広く伝わり、江戸寿司が発明される以前から、徐々に白米・白い飯のことを世間でシャリと言い出されたもの。寿司職人が初めて作った言葉ではないのです。 
寿司職人の間で、盛んに云われ出した事は確かです。何時の間にやら酢飯だけの事を、言葉の専売特許のように「シャリ」と言うように定着したのでは?
思えば、
寺院からもれた「シャリ≒仏舎利」と言う専門用語・隠語? 後になって洒落好きの
威勢のいい江戸っ子の寿司職人達の間で、日常的に「シャリ」と言い出して、寿司職人仲間で取り入れられて広まった。「シャリ」はそこから外に出ていって、一般化して定着したもの。 
初めは寿司職人仲間では、当時一般的に言われたと思う「めし或は銀飯」と言っていたのでは? 江戸前寿司が発明され出した頃から、本格的に広まってゆき、近世以降になってから当時既に誰もが言っていた飯のことを、江戸寿司職人がシャリ(舎利)と、粋に新語のように盛んに謂いだしたのだと思います。少なくても鮨職人が、発明した言葉ではないのです。 
江戸寿司が出来た頃は、屋台売りだったようです。 
江戸前寿司の江戸前とは、本来江戸城の前という意味であり、羽田沖から江戸川河口周辺の狭い範囲の沿岸部を指すものであったようです。
江戸前ずしは握りずしを中心とした江戸の郷土料理である。古くは「江戸ずし」「東京ずし」ともいわれ、江戸前の豊富で新鮮な魚介類を材料とし、一般家庭で作られることは殆どなく、寿司屋の寿司職人が作る寿司のようです。

握り寿司の歴史を調べたら、
「東京が江戸と呼ばれていた時代、江戸の町には、屋台を中心とする外食産業が軒を列ねており、その中で「にぎり寿司」が世に登場し、江戸前すなわち東京湾でとれる魚介・のりを使うことから「江戸前寿司」とも呼ばれる。すし商華屋与兵衛の改良により、それが美味しく、簡便さもあって江戸中の評判になっていった。そして関東大震災後に、被災した東京のすし職人達が故郷に帰り、日本全国に拡がっていった。」
と有ります。

「仏舎利≒舎利≒シャリーラ」の事 以下・仏教事典を参照
仏舎利(ぶっしゃり)とは、お釈迦様のお骨です。亦、お釈迦様に限らず、舎利は遺体そのもを指したり、火葬した遺骨を意味する梵語シャリーラの音写。また「仏舎利と舎利」は日本に於いては、しばしば同義語に使われています。即ち舎利≒仏舎利の事を言います。
「釈尊が入滅されて荼毘に付された後、まず八つに分割され、インド各地で配られ祭られていました。しかしその後、さらに分割を繰り返して、各地の仏教徒に盛んに信仰されて行きました。釈尊(釈迦)亡き後、仏教信者達にとって、その残された舎利などの遺物(ゆいもつ)は、信仰の重要な拠り所でした。またそれを供養することによる功徳は非常に大きいといわれるようになり、いよいよ信者達はその信仰を深めていった。」 
そのような大事な舎利なのです。 

白米のご飯を、麦飯に対して銀飯と盛んに言って喜んだ時代が有ります。
白米の飯をいう俗語で、第二次大戦中から戦後にかけての食糧難の時代に、美味しくない麦飯や代用食に対して、憧れで言い始めたもの。(その事を今の若い人は知らないかも!)戦後豊になって行くにつれ、銀飯が普通になり、多くの人が急に脚気を患った時代があります。白米の偏食によるビタミンB1不足で、脚気になるケースが多かったようです。
言うまでもなく脚気は、ビタミンB1欠乏症の一つで、ビタミンB1の欠乏によって、心不全と末梢神経障害をもたらす疾患。
カップラーメンや、即席の食事が多いい現在の若い人は気をつけなければ!?
余談;刑務所のご飯を「麦シャリ」と言うそうです!?所内では麦飯が出されるのでしようか?

以下;リサーチして見ました。 

日本では昔、白米のご飯しか食べない天皇や貴族など、上層階級を中心に脚気が発生していました。江戸時代に入ると、玄米にかわって白米を食べる習慣がひろまり、上層階級のほか武士とか町人にも脚気が流行し、とくに江戸では、元禄年間に一般の武士にも脚気が発生したようです。 
貧しかった多くの一般庶民は、そうでもなかったようですが、歴史上では歌人の藤原定家・室町幕府将軍の足利義政・徳川幕府3代将軍の徳川家光も脚気で、家光は脚気死と言われます。 後の徳川将軍では13代家定4代家茂も脚気死とされます。  
脚気は上層階級の国民病だったようです。

…〓余話〓…

「ジン」;「シャリ」とは、松柏類に多く、特に真柏や杜松では見どころのひとつとされ、この「ジン;シャリ」の芸で評価が大きく変わることもあり、一般には、特に枝の枯れて白くなったのを「ジン」:幹の枯れて白いものを、「シャリ」と呼ぶと先に書きました。
最初にも書いた盆栽の「シャリ;舎利」と「ジン;神」の所で、私の想像では「ジン」は(神?)と書くのかもと言いました。
それは本地垂迹説が元だと考えたからです?
「本地垂迹説: 本地(仮の姿をとって現れる前の仏・菩薩などの真実の姿のこと)の仏・菩薩などが、衆生を救うために化身して、我が国の神となって現れるとする説。」
つまり本地仏というのは、神道の神様と仏教の仏様は同体だという理論においての、神様の本来の姿は仏ということになります。
それで 主要の幹の白い部分が「仏;舎利」なら、枝の白いのは「神;ジン」と言われだしたのかも知れません!!??   ≪幹>枝≫

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