戻る
■ 18)Q :マフラーですか・・・?2008.10.30

秋の先祖供養(土砂加持法要)にお参りしました。
Q:その時お寺様全員、白い物を首にかけておられましたが、あれはマフラーですか?と聞かれました。(画は青山社:さし絵素材集のソフトから)

A:これは帽子と言いいます。多くは白絹の羽二重です。
(イラストのようなマフラー状、衣を着けた上から首に巻きます。縮緬帽子と言うのもあります。帽子は襟巻風に使う場合と、頭から被ることもあります。)  
この帽子の起こりは、
※平安時代の衣は、十二単(じゆうにひとえ)で大袖。昔からの僧侶の衣“空衣(うつお)・素絹・(そけん)・褊衫(へんざん)等”の衣の袖は大袖。それを明治になって小袖に改良し活動しやすい様にしたのが改良服(正式の衣から大きく替わった所は大袖から小袖に)。現在の着物の袖は同じ小袖。
普段の着物の小袖は室町時代(室町小袖)から始まったもの。それまで一般市民は別にして貴族は男女とも大袖。
明治になって大袖の衣から活動しやすく、主に小袖に改良された改良服は、服がつくので着物より洋服のイメージ?
僧侶の衣(ころも)は古来の日本の着物。時代劇でよく見る剃髪(出家)した〇〇院様と言う位の高い尼僧が、スキンヘッドを隠すように頭からゆったりと、白い羽二重の布をゆったりかけているのをよく見かけます。それは着物の大袖を想わせます。これも帽子です。頭からかぶるので英語のキャップと同じです。 真言宗のものは(∩型;マフラー型)です。親鸞さんは御影に有るように、胸元に巻き込むようにしております。最澄は頭から被っている御影をよく見かけます。比叡山とか高野山のような高所では、底冷えするので、厳寒の時にはこれを頭から被たり、首に巻いて暖をとりながら、(修法;行法)をしたのが始まりなのでしよう。

親鸞さんは御影に有るように、胸元に巻き込むようにしております。
比叡山とか高野山のような高所では、底冷えするので、厳寒の時にはこれを頭から被って暖をとりながら、(修法;行法)をしたのが始まりです。

『天台では輪(大袖そのものの形)帽子を用いますが、真言では長方形(マフラー)型です。高野では或る行事には輪帽子を使うことがあります。』


[参考]辞書;漢字源で帽を引いて見ると、頭を隠すかぶり;物をかぶせる総称とあり、
帽は「巾(布;ぬの)+音符冒」でかぶせる布のこと、頭をおおい隠す被り物の意に用いるとあります。

帽の字を分解すれば、冒は日(太陽)の下に目があり、日と目の合成です。それに字の編が巾(布)になります。巾+日+目と言う事になります。
それは日(太陽)と目(頭)の間に(巾;布)を置けば、(頭:目)を護る帽なのでしょう。
その帽に接尾語の子がついて、扇子・金子(きんす)・銀子(ぎんす)のように・・・帽子と言う漢字二字の熟語が出来たのでは!? 
この様なことから、日本の帽子という言葉が生まれたのでしよう・・・。
古くは;帽子(ぼうし)→(もうす)ともいっていたよです。帽を呉音で読むとそうなります。 
帽子は、頭から被るもの。英語のキャップと同じなのです。

今日では寺院の帽子(布)は頭から被りませんが、首からマフラーのように首にかけます。今では防寒用というより儀式用です。
基本的には秋の彼岸から、春の彼岸まで帽子を着けるのが慣わしです。

帽子の帽には呉音で「もう」という読みがあるので、帽は日本で作られた漢字ではないので、帽子そのものは古来から有ったものでしょう。確か埴輪に帽子らしきものを被ったものがあったように思います。帽子の意味は漢字の帽の分解でよく分かります。